第16回 認定NPO法人フローレンス

保育スタッフから経営陣も育てたい!社会問題解決のため

「働き方×人材育成」革命をやりきり400人超のNPO法人に(後編)

病児保育をはじめ、待機児童、障害児保育、赤ちゃんの虐待死などの社会問題の解決に取り組む認定NPO法人。代表理事は駒崎弘樹氏。「地域の力で病児保育問題を解決し、育児と仕事を両立するのが当然の社会をつくりたい」との思いから、ITベンチャーの経営者だった駒崎氏が2004年に設立。経済産業省「ソーシャルビジネス55選」(2009年)、日本経済新聞社「日経ソーシャルビジネスイニシアチブ大賞」(2013年)など受賞歴多数。2016年7月1日現在、事務局スタッフ93人、保育スタッフ320人。その他理事なども加えたメンバー数は433人に上る。ディレクター(事務局長)の宮崎真理子氏は、大手アパレルメーカーからベンチャー企業に転職し、マーケティング、人事を経験して2008年フローレンスに入社。現在は組織運営全般を担う。

◇ PDCA会議、タスク管理徹底などで「決めたらやる、かつ、やれるまでやる」

次に、現場の仕事を通じて「スタッフの可能性を最大化」するための取り組みについて見ていこう。

 

「重視しているのは一人ひとりの強みを把握し、活かしていくことですね。そのために設けている制度の一つが、マネージャーとのワンオンワンのミーティングです。働き方革命を実践すると、業務時間中はなかなかじっくり話す時間が作れないので、一緒にランチをとりながら、コミュニケーションする機会を作ってもらっています。月6,000円を支給しており、スタッフの成長のための面談であれば使い方は自由。これによってマネージャーは個々のスタッフへの理解を深め、適材適所で仕事を割り振っています」

 

また、各スタッフがやりたいことに取り組むチャンスを豊富に提供するため、新規でプロジェクトを立ち上げる際には、必要な役割やポジションを明示して社内で公募する制度も設けている。採用の募集を行う際にも先に社内で公募をする。応募に関しては入社後1年以上という条件以外は何の制約もなく、直属の上司を通さずに手を挙げることが可能だ。

 

そのうえで同社が個々のスタッフに求めるのは、「決めたらやる、かつ、やれるまでやる」ことだと宮崎氏。その意識を高め、やりきる力を養うための仕組みも設けられている。

 

「一つは、四半期に1回、2日間にわたって開催されるPDCA会議(写真)です。事業部ごとに、マネージャーがその3カ月間の目標をどれだけ達成できたのか、どのような効果が出たのかについて全事務局スタッフに向けて報告する催しです。チームとして『決めたらやる、かつ、やれるまでやる』が実践できているかどうかをここで定期的に確認します」

 

また、一人ひとりのスタッフに対してはタスク管理を徹底。事業部単位で実施される週1会の定例ミーティングでは、各スタッフが前週に決めたタスクのリストを、終わったものに関してはチェック欄を塗りつぶしてマネージャーに提出。同様に、日報にも1日のタスクのリストとチェック欄があり、常にスタッフ全員の仕事の進行状況がオープンにされるような仕組みが徹底されている。この仕事の「見える化」は、子育て中の時間制約社員が多いなか、複数メンバーで仕事をシェアするワンタスクツーパーソンを実践するうえでも重要となっている。

◇ 将来は経営陣も生みたい! 保育スタッフのキャリア意識を育み、長期的に育成

今、フローレンスが特に力を入れているのは保育職のキャリア意識の醸成だ。同社に入社当時、保育職の面接を担当した宮崎氏はカルチャーショックを感じたという。

 

「保育職の人たちは自身のキャリアビジョンがない人が多かったんです。面接で『5年後、どんな保育者になっていたいか?』と質問をしても答えが返ってこない。事務系の職種の面接ではありえないことですよね。つまり、自分の将来のキャリアについて考えるトレーニングを受けてこなかったんです。実際、そのような教育プログラムはどこにもありません。それなら私たちが創っていこうと」

 

フローレンスでは、さまざまな社会課題解決に取り組めるマルチな人材の育成を目指しているため、事務局スタッフは3年で異動を推奨する。病児保育、小規模保育に加え、障害児保育も手掛けるようになった同社では、保育スタッフも異動を通して幅広い経験を積むことが可能だ。環境は整っている。

 

そして、宮崎氏らが「ビジョンをもとう」とあの手この手で粘り強く働きかけ続けた結果、保育スタッフの意識にも変化が生まれてきた。

 

「嬉しいことに、保育スタッフの中にも公募に手を挙げる人たちが増えてきました。今は、保育スタッフのために、自分に合ったビジョンを描くためのモデルになるキャリアマップを作成しているところです。女性として、出産・育児などのライフイベントも経ながら、例えば、事務局のマネージャーへというステップもあるでしょう。将来的には、保育スタッフ経験者から経営陣へとステップアップする人も出てきてほしいと期待しているんです」

 

保育現場の大人たちがビジョンを持って生き生きと働いていることは、子どもたちが育っていくうえでも良い影響を与える。だからこそ、子どもたちのためにも、保育スタッフの意識改革は大切なのだと宮崎氏。

 

これもまた一つの革命だ。フローレンスを起点に、日本の保育職のキャリアのあり方が大きく変わっていくかもしれない。

◇ 前川孝雄の取材後記

すべての企業のヒント!「志」を実現する「仕組み」がまわる、強くて優しい組織

崇高な理念を抱いて社会事業に取り組むNPO法人は数多くある。しかし、思いだけでは事業や組織の拡大は難しい。かかわる人が多くなるほど、マネジメントという課題が重くのしかかるからだ。「志」を実現させる「仕組み」がなければ経営は成り立たない。

 

フローレンスが優れているのは、この「志」と「仕組み」とを両立している点にある。働き方に関しても、人材育成に関しても、急成長する過程で学習しながら仕組みをしっかりと作り、かつ徹底し続けることで規模を拡大してきた。

 

もちろんいかに仕組みが優れていても、経営者や管理職層がその徹底のみに目を向けると従業員は生き生きと働くことはできない。例えば、記事中で紹介した同社のタスク管理などは、やらされ感の充満した職場で手法だけ真似ても、「管理されている」という意識を強めるだけだろう。ビジョンがしっかりと共有され、何のためにやるのかをスタッフ全員が理解できているからこそ、前向きな効果を発揮する。

 

このような組織では、丁寧なコミュニケーションを重ねることによって内発的な動機付けをするリーダーシップが不可欠だ。同社がここまでの組織に成長した事実は、現場レベルで優れたリーダーが多数育っていることを証明しているといえるだろう。

 

世は「働き方」改革真っ盛りの感もあるが、宮崎氏は「他社がやって成功しているからといって、それをそのまま取り入れることはしない。あくまで、自組織の中で起こっている問題に対処するために仕組みや仕掛けを考え導入する」と話された。私も全く同感だ。企業によっては、他社事例を調べることばかりに躍起になるところもあるが、問題は常に現場にあるのだ。何のために仕組みを導入するのか-他社事例を参考にしながらも、経営者や人事責任者は現場に向き合い、自分自身で考え抜かなければならない。

 

 同社が取り組む保育スタッフのキャリア開発支援にも感銘を受けた。現状、保育に関しては賃金アップなど待遇改善の議論ばかりが盛り上がっている。もちろん給与や労働環境の改善にも組むべきだが、私も宮崎氏と同じく、より重要なのはキャリア意識の醸成であり、日々の仕事を通じて働きがいを感じ成長することだと考えている。

 

ドラッカーが晩年の著作『非営利組織の経営』で唱えたミッションとビジョンの重要性、それらを浸透させるリーダーシップの重要性は、今や営利企業にとってもカギを握るものになっている。同様に、フローレンスが体現する「強くて優しい」チーム作りは、非営利組織に限らず、多くの企業にとって組織改革のヒントになるはずだ。

 

構成/伊藤敬太郎


03-6206-2771

お問い合わせはこちら

下記の入力フォームに必要事項をご記入の上、お気軽にお問い合わせください。後ほど当社担当者よりご連絡させていただきます。

 

お急ぎの場合は

Tel.03-6206-2771 (受付 平日 10時~18時)までお電話ください。


メモ: * は入力必須項目です