第27回 有限会社ココ・ファーム・ワイナリー 

命の連鎖の中にこそ人の役割もある!知的障害者たちが働き、サミットや

国際線ファーストクラスにも採用されたワイン造りの奇跡(中編)

栃木県足利市にあるワイナリー。1950年代、特殊学級の生徒と担任の川田昇氏(故人)が山の急斜面を開墾し、葡萄畑を作ったのが始まり。川田氏は、1969年、葡萄畑の麓に指定障害者支援施設「こころみ学園」を設立。さらに、知的障害をもった園生が安心して暮らせるよう、収穫した葡萄でワインを造ることを目指し、1980年、父兄たちの出資を得て、有限会社が設立された。川田氏の長女である池上知恵子氏(現専務取締役)は、東京女子大学社会学科を卒業後、東京で編集者として働いていたが、東京農業大学で醸造学を学んだのち、1984年に同社に入社。同年、池上氏が命名し、社名はココ・ファーム・ワイナリーに。2000年には、スパークリングワイン「NOVO」が九州・沖縄サミットの首里城での晩餐会に使用されるなど、現在では日本屈指のワイナリーとして評価されている。2002年に第1回渋沢栄一賞、2006年に第1回ソーシャル・ビジネス・アワードを受賞するなど、企業としての受賞歴も多数。ココ・ファーム・ワイナリーはスタッフ30人、カフェスタッフ12人。こころみ学園などを運営する社会福祉法人こころみる会は園生148人、職員112人(2016年10月現在)。

◇ 20年経って働くようになった園生も。気長に待つことも大切

また、働くまでにかかる時間も、そこに至るプロセスも園生それぞれだという。これに関しても象徴的なエピソードがある。

 

「山に来ると、冬でも服を脱いで駆け回っているA君という園生がいたんです。そして、いつもA君が脱いだ服を拾って追いかけていたのがB君。『A君の後を追いかけるのは大変だよね。嫌になってしまわない?』と聞くと、B君は『A君はどんなに難しい漢字でも書けるんだよ』ってA君のことを尊敬し、自慢しているんですね。だから、心配して服を持って追いかけている。そんな光景がずっと続いていたんです。それから20年ほど経ったある日、なんとA君が原木作業の中心になって原木を水槽から出しているじゃないですか。もちろんほかにも要因はあったんでしょうけど、B君の思いがA君を少しずつ変えていったんだと思います。それにしても仕事をするようになるまで20年ですよ。普通の会社だったらありえない話ですよね(笑)」

 

こころみ学園では、「仕事ありき」で人がいるのではなく、あくまで「人ありき」で仕事がある。さらには、親元にいた頃は色も白く肥満気味だった園生が、こころみ学園で過ごしていると、逞しくなっていくという。園生の日々の働き方や数々のユニークなエピソードを伺っていると、改めて「働く」ということの本質が見えてくるように思われる。

 

「働く」とは、「傍を楽にする」こと。人は「誰かの(何かの)役に立っている」と感じるからこそ、イキイキと働くことができる。目的の見えない作業のための作業では体力作りやリハビリにはなっても、働きがいを実感することはできない。健常者であれ、知的障害を持つ人たちであれ、そこに違いはないのだ。

 

「今はみんな、○か×のどちらか、白か黒かのどちらかに分ける傾向にありますよね。でも、世の中の99%のことがらは△だったり、グレーだったり・・・。無理矢理線を引いて区別をすることは不自然なことです。働くということも、経済的な効率のみで判断せずに、広く深く長く考えていく必要があるように思います」

◇ 「人を育ててなんかいません。私たちが育てられているんです」

時には回り道をし、ときには途方もない時間をかけながらも、「働くこと」は園生たちを成長させているように感じられる。それでは、池上氏は「人を育てる」ということに関してどのように考えているのだろうか?

「『育てる』なんておこがましいことは考えてないです。むしろ私たちが育てられていますね。ヒョウが降って葡萄がダメになったことがあったんです。私はつい『これで470万円の損失だ、どうしよう』なんてことをクヨクヨと考えてしまう。でも、園生たちはいつものように元気に仕事をして、ご飯をいっぱい食べて、『明日もやろうね!』と帰っていくんです。父が亡くなり、さらに東日本大震災で落ち込んでいたときも園生は「園長先生、死んでる場合じゃないよ」と(笑)。そんな姿を見て、『この子たちのほうが生物として正しいな』って感じたんです。余計なことを考えずに、今できることを精一杯やればいいんですよね。結局それ以上のことはできないんですから」

ワイン造りに関しても池上氏は「自然に寄り添うこと」を大切にしているという。

「自分たちがワインを造っているなんて言っていますけど、実際には葉緑素が光合成によってブドウ糖を作り、そのブドウ糖を酵母がワインと二酸化炭素に変える。ワインを造っているのは植物や微生物です。私たち人間はその過程にほんのわずか関わっている大きな微生物(笑)。天気がどうとか、気温がどうとか悩んだところで人間にどうにかできるものじゃありません。経営とかマーケティングというのも私にはよくわからないんです。だって私たちがいくら計画を立てても自然はその通りにはなりませんから」

だから、葡萄の声に耳を傾ける。答えは人の頭の中にあるのではなく、自然の、命の連鎖の中にある。

池上氏は、ビジネスも同じように「命の連鎖」としてとらえている。銀行からお金を借り、そのお金を使ってワインを造り、そのワインを買ってくれる人たちがいる。そのようにして稼いだお金の一部は税金として社会に還元する。ここでもそれぞれの命がつながっている。自分だけが得しようとは考えず、この連鎖の全体を大切にして事業に取り組むことで、園生もお客様も銀行も社会もその分だけ幸せになる。経済活動を成り立たせる生態系。そんな視点で考えると、複雑に見えるビジネスをもっとシンプルに理解できそうだ。

「大切なのはお客様。買ってくれる人がいなかったら仕事ができませんからね(笑)。だから、私たちは一生懸命おいしいワインを造ることを目指しているんです」

園生たちはワイナリーに訪れるお客様に会うと「収穫祭においでよ」と人なつっこく誘うそうだ。ココ・ファームは園生にとって働く場所であると同時に、自分の家のようなもの。おいしいワインでみんなを喜ばせることができる、自慢の家なのだ。

~後編へ続く~

構成/伊藤敬太郎


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