第26回 有限会社ココ・ファーム・ワイナリー

命の連鎖の中にこそ人の役割もある!知的障害者たちが働き、サミットや

国際線ファーストクラスにも採用されたワイン造りの奇跡(前編)

栃木県足利市にあるワイナリー。1950年代、特殊学級の生徒と担任の川田昇氏(故人)が山の急斜面を開墾し、葡萄畑を作ったのが始まり。川田氏は、1969年、葡萄畑の麓に指定障害者支援施設「こころみ学園」を設立。さらに、知的障害をもった園生が安心して暮らせるよう、収穫した葡萄でワインを造ることを目指し、1980年、父兄たちの出資を得て、有限会社が設立された。川田氏の長女である池上知恵子氏(現専務取締役)は、東京女子大学社会学科を卒業後、東京で編集者として働いていたが、東京農業大学で醸造学を学んだのち、1984年に同社に入社。同年、池上氏が命名し、社名はココ・ファーム・ワイナリーに。2000年には、スパークリングワイン「NOVO」が九州・沖縄サミットの首里城での晩餐会に使用されるなど、現在では日本屈指のワイナリーとして評価されている。2002年に第1回渋沢栄一賞、2006年に第1回ソーシャル・ビジネス・アワードを受賞するなど、企業としての受賞歴も多数。ココ・ファーム・ワイナリーはスタッフ30人、カフェスタッフ12人。こころみ学園などを運営する社会福祉法人こころみる会は園生148人、職員112人(2016年10月現在)。

◇ 適地適品種で葡萄を育て、葡萄がなりたいワインを造る

ココ・ファーム・ワイナリーは、知的障害をもつ「こころみ学園」の園生たちが、働きがいをもって暮らすことを目的に作られた会社だ。学園の創設者である川田昇園長とともに山を開墾したのは当時の特殊学級の生徒たち。そして、現在も、葡萄畑での農作業やワインの製造に園生たちが携わっている。

 

農場にもワイナリーにも仕事は山ほどある。山では、間伐や草刈り、剪定後の枝拾い、葡萄畑の害虫の退治、葡萄の収穫作業、収穫した葡萄の選別などを行う。山の上で缶を叩いて鳥を追い払うのも大事な仕事。しいたけも作っているので原木を運ぶ作業もある。

 

ワイナリーでは、ワインの仕込みに始まって瓶詰めの各工程や品質チェックなどを行っている。そのほか、例えば、スパークリングワイン造りに欠かせない「ルミュアージュ」も園生の担当。30~100日間にわたって、朝晩45度ずつ瓶を回して澱を瓶の口に集めていく地道な仕事だ。また、いろいろな作業をしている園生のために、食事の準備や洗濯をする園生もいる。

 

重度の知的障害をもつ園生たちは、教えれば誰もが同じように作業ができるというわけではない。しかし、自分に合った作業であれば、驚くほどの集中力や根気強さを発揮すると専務取締役の池上知恵子氏は語る。

「ワインの瓶詰めで数日間同じ作業が続いたときのことです。1日の仕事を終えて、『明日もやるのか…』なんて顔をしていると、園生がニコニコしながら『またやろうね!』って。疲れ知らずというか、すごいもんですよ(笑)」

 

ただし、ココ・ファーム・ワイナリーがその名を知られているのは、知的障害をもつ人たちに働く機会を提供しているからだけではない。ワインがおいしいのだ。九州・沖縄サミットや北海道洞爺湖サミット、さらにJALやANA、JR東日本TRAIN SUITE 四季島で採用されるなど、日本屈指のワイナリーとして高く評価されており、熱心なファンも多い。毎年11月に開催される収穫祭には全国から1万人以上もの人が訪れる。

 

一般に福祉とビジネスは両立が難しいものとしてとらえられがちだ。それが、ココ・ファームで実現できているのは、こころみ学園の園生たちの働きが事業にしっかりと貢献しているからだ。では、どうしてそんなことができるのだろう?

 

ヒントはワイン造りについて池上氏が語るこんな言葉にありそうだ。

 

「私たちは適地適品種ということを大切にしています。いくらボルドー地方やブルゴーニュ地方で育てられている葡萄品種がいいと言ったって、ここの畑で作ろうとすると、消毒だなんだと大変な無理をしなければならない。その土地に合った葡萄ってあるんです。だから、ここの山では有名な品種というより、ここの気候や土壌に合った品種を育てています」

 

このように、化学肥料や除草剤を使わない環境ですくすくと育った葡萄を、もともとそれぞれの葡萄に付着している野生酵母を使って醸造する。葡萄がなりたいワインになれるように、葡萄の声に耳を澄ませながらココ・ファームのワインは造られている。

◇ 「風に吹かれるのがあの子の仕事だ」

その考え方は「人」に関しても共通するようだ。組織や仕事の枠に無理をして人をはめ込むことはしない。

ココ・ファームでは、園生を時間単位で雇用するのではなく、こころみ学園から葡萄を買い取るという形態を取っている。ワイナリーでの仕事などは学園への業務依託だ。例えば、学園の職員が「今日は山へ行くぞー」と声をかけると園生たちが集まってきてその日の仕事が始まる。

園生は働きたいから働く。そこには窮屈な労働契約はない。強制や命令で人を動かすという発想もない。ただ、そこで疑問も生まれる。その場合、前述のような役割分担はどのように決められるのだろうか? また、園生の気分に任せていたら、働きたくないときもあるのではないだろうか?

「役割分担については、私もよくわからないんです。私たちがこれをやってと言ったってやらないときはやりませんし、できないこともある。とはいえ、重度の知的障害をもっている子が多いですから、自分の意思で選んで決めているというのとも違うんですよね。いろいろ試すうちに、いつの間にか、自分ができることをやるようになっています。働きたくないとき? もちろんありますよ。あるとき瓶詰めの作業にいつものメンバーの子が来ていなかったので、迎えに行ったら布団で寝ている。『どうしたの?』って聞いたら、『け、け、仮病です』って言うんです(笑)。それじゃあしょうがないですよね(笑)」

誰に与えられたわけでもなく、自分で見つけたわけでもなく、気がついたら自分なりの役割を果たしていたという不思議な事例もある。池上氏は次のようなのどかなエピソードを話してくれた。

「ワイナリーを立ち上げた当初、山に来ても何の仕事もせずにボーッとしている園生がいたんですね。その頃は、私も彼らのことをよくわかっていなかったので、父(川田昇氏)に、『せめて石拾いとか草むしりとかしてくれればいいのに』と言うと、父は『いいんだよ。あの子は風に吹かれるのが仕事だ』って」

それからしばらくして葡萄が広範囲にカラスに荒らされるという事態が起きた。しかし、いつも「風に吹かれるのが仕事」の園生がいた葡萄畑は無事だったという。彼が急に走り出したり、時折奇声を発したりしていたのでカラスが寄りつかなかったのだ。

「そのとき、無理矢理何か仕事をしてもらうなんて私の浅知恵だったなと思いましたね。役に立たないという役もあるんです」

それにしても、「奇声を発するのが仕事になる」なんて誰にも想像がつかない!

~中編へ続く~

構成/伊藤敬太郎


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